愛と美の女神アフロディーテが息子エロスと戯れているときでした。
エロスの矢が母アフロディーテの胸に誤って刺さってしまったのです。
このイタズラな矢に刺されたなら、女神でさえも、芽生える恋心には抗えません。
彼女の心を夢中にさせたのは、絶世の美少年アドニス。
アドニスは、香しい樹液を秘める木、ミルラから生まれました。
ミルラの木は、キプロスの王女ミュラの化身です。
実父キュプロス王への許されぬ愛情が娘ミュラ姫を苦しめ、
不貞の交わりへと誘導した結果、父の逆鱗に触れ、彼女は追放されてしまいました。
行く当てを失い、罪の救いを求めたミュラは、神に懇願して、ミルラの木に変えられたのでした。
その時、宿していたのがアドニスです。
この耐え難い運命を企てたのは、何と、アフロディーテであり、エロスの射った矢によって
ミュラ姫は、実父を愛するという哀しい定めを受けたのでした。
やがて、縁は、めぐり巡って、アフロディーテは、ミュラの息子アドニスの虜になります。
恋多きアフロディーテではありましたが、このときばかりは多くの時間を地上で過ごし、、
アドニスのために愛の手ほどきをし、また、彼の保護者としても、十分な愛情を注ぎました。
この特別な愛情に嫉妬したのは、アフロディーテの愛人アレスでした。
やがて、狩りに夢中になる若きアドニスは、アフロディーテの警告をよそに、
一人狩りに出かけ、猪に襲われ、突き倒されてしまいます。
その獰猛な猪は、愛人アレスが嫉妬に狂い仕掛けたものでした。
天空を白鳥の馬車で駆けていたアフロディーテは、愛する恋人のうめき声を耳にすると、
あわてて駆けつけましたが、時すでに遅く、アドニスは、血を流し息絶えていました。
アフロディーテは、アドニスを抱きかかえ、嘆き悲しみ、その傷口に神酒ネクタルを注ぎました。
すると、ネクタルは、流れた血と混ざり、見たこともない赤い花が誕生しました。
その花は、春の優しい風が吹くと咲き、
2度目に吹くと、はかなく散ると言われています。
そのため、ギリシャ語のアネモス=風の意から「風の花」と呼ばれ、アネモネと名づけられました。
咲くも散るのも風に任される、儚い若さのごとく・・・美少年は、花に生まれ変わりました。
この時、慌てて駆け寄ったアフロディーテは、つまづいた足に怪我を負い、
その血が白薔薇に振りかかり、赤い薔薇が誕生したと言われています。